偽の卒業証書は押収可能 市長の弁護士”珍説”

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 伊東市の田久保眞紀市長(55)が弁護士に預けたとされる卒業証書とされる証書は、強制捜査によって押収される可能性は十分ある。7月31日に同市長の代理人とされる福島正洋弁護士が市長の会見で、過去の判例を挙げて押収されるべきではないとしたが、実際は今回の件とは全く異なる事例であり、同弁護士の主張に根拠は見出せない。強制捜査が始まれば簡単に押収されるとみられる。

◾️押収「できない」と福島弁護士

福島正洋弁護士(共同通信 KYODO NEWS 画面から)

 田久保市長は偽の卒業証書を市役所の職員に見せて市の広報に東洋大学卒業との虚偽の経歴を記載させ、また、同じものと見られる偽の卒業証書を伊東市議会の正副議長に「1秒ぐらい」(議長)見せて、引っ込める「チラ見」をさせたとしている。その後、同証書は福島弁護士に委託して同弁護士の事務所の金庫に保管されていると説明した。

 7月31日の市長主催の記者会見で、福島弁護士は「この先、どう進展するか分からないので明確なことは申し上げずらいのですが、ただ、刑訴法105条に従って、押収手続きがありますので、やはり押収は拒絶する方向になると考えています。(捜索差押許可状での差し押さえは)許されない行為と考えています。有名な前例があります。預かっている証拠を捜査員が無理に取ろうとした有名な事例が何年か前にありました。裁判所がそれは国が違法であるという認定をしておりますので、それ(押収)はできないと、私は考えております」と話した(共同通信 KYODO NEWS・静岡県伊東市の田久保真紀市長 記者会見)。

 このように福島弁護士は語っており、その主張が通れば、捜査当局は偽の卒業証書を押収できず、その結果、刑事告発された有印私文書偽造、同行使で起訴することは困難になる。

◾️刑事訴訟法105条の趣旨

 刑事訴訟法105条は、弁護士が業務上預かった「他人の秘密に関する物」について、押収を拒否する権利を認めている。ただし、本人が同意した場合や、拒絶が濫用と認められる場合などの例外がある。

【刑事訴訟法】105条 …弁護士…の職に在つた者は、業務上委託を受けたため、保管し、又は所持する物で他人の秘密に関するものについては、押収を拒むことができる。但し、本人が承諾した場合、押収の拒絶が被告人のためのみにする権利の濫用と認められる場合(被告人が本人である場合を除く。)その他裁判所の規則で定める事由がある場合は、この限りでない。

 実はこの条文の押収の主体は裁判所であり、捜査機関が主体の場合は同法222条1項で105条を準用する。こうした押収拒絶権は「業務上の秘密の保護という超訴訟法的な利益を刑事訴訟における真実発見に優先させて」認めるものであり、「委託者と秘密を委託される業務者との信頼関係を保護するもの」とされる(新・コンメンタール 刑事訴訟法第2版 後藤昭・白取祐司編 p229)。

 今回、福島弁護士は業務上の委託を受けて卒業証書なるものを保管しており、押収拒絶権が認められるかどうかは、「他人の秘密に関するもの」であるかが鍵になる。

 同弁護士は数年前に有名な前例があると話した。これは東京地裁判決令和4年7月29日(以下、東京地裁判決)を指しているものと思われる。日産自動車のCEOであったカルロス・ゴーン被告が保釈中であった2019年12月に関西国際空港から国外に逃亡。その後、同被告の代理人弁護士であった弘中惇一郎弁護士の事務所に強制捜査が入った際、同事務所では押収拒絶権を主張したが、4種類の証拠の差押えが行われた。

 弘中氏を代表とする法人が押収拒絶権を無視して差押えを行ったことは違法であると国家賠償請求をかけて、それが認められた事案である。

◾️東京地裁の判断手法

 弘中氏の事務所がゴーン被告から委託を受けて保管したさまざまな資料に関して押収拒絶権が認められたということで、福島弁護士も田久保市長から委託を受けて保管している偽の卒業証書も押収拒絶権が認められるという考えのように見受けられる。

 しかし、ゴーン被告と田久保市長の事案は状況が決定的に異なる。ポイントになるのは前述したように「他人の秘密に関するもの」であること。「他人の秘密」であるかどうかを判断するのは基本的には弁護士サイドであることは東京地裁判決も認めているが、弁護士が「これは他人の秘密だ」と認めれば捜査当局も裁判所も一切、手を出せなくなるわけではない。

 東京地裁判決では押収拒絶権が認められずに差押えができるようにするために、以下のような判断の手続きを示している。

他人の秘密に当たらないことが外形上明白か
秘密に当たらないことが明白であるとして、その差押えが捜査の目的を達するのに必要か

 弁護士が「他人の秘密」にあたると主張していても、外部から見て明らかに他人の秘密に当たらないのであれば、押収拒絶権は認められない。その上で、その差押えが捜査の目的を達するのに必要であることが、差押えができる条件となる。

 これを本件で考えてみると、偽の卒業証書が他人(田久保市長)の秘密に当たるとは思えない。卒業証書が本物ではないことが、田久保市長にとっての秘密と考えているのであろうが、本人は東洋大学から除籍されたことを確認し、そのことを明らかにしていることから、卒業証書なるものが本物でないことは既に多くの人に知れ渡っている。既に田久保市長は伊東市の広報を作成する際に担当者に、それ以外にも正副議長、マスメディアの一部に偽の卒業証書を見せており、「他人の秘密に当たらないことが外形上明白」である。

 さらに田久保市長は有印私文書偽造等行使の疑いで告発されており(参照・伊東市•田久保市長居座り宣言 地方自治の欠陥露呈)、その決定的な証拠である卒業証書なるものは捜査当局にとって立証に不可欠であり、差押えが捜査の目的を達するのに必要不可欠である。

 以上のことから、福島弁護士が主張する押収拒絶権が認められないのは明らか。任意での提出はしないと語っていることから、捜査当局は捜索差押許可状の発付を受け、弁護士事務所の金庫から淡々と偽の卒業証書を差し押さえるであろう。

◾️ゴーン被告の場合との違い

 参考までに記しておくと、ゴーン被告に関する捜索差押えについて弘中惇一郎氏の事務所が押収拒絶権を認められるとされた4種類の証拠のうち、ゴーン被告の面会記録と同被告が同事務所で使用を認められたPCの使用履歴を示すログの記録の2点について、上記の①と②の枠組みに沿って判断されている。

 この点、面会記録もPCの使用履歴もいずれもその写しが既に裁判所に提出されており、秘密性が失われているのは外形上明らかとされた。ここまでは田久保市長の件と同様であるが、異なるのは、差押えの必要性である。「裁判所における記録の閲覧・謄写によって、検察官らにおいて、その内容を把握し又は当該内容が記録された媒体を取得することができたものであって、上記各記録を差し押さえるために本件捜索等を実施することが必要であったということはできない」(東京地裁判決、判決文から)と、差押えの必要性はないと断じた。

写真はイメージ

 極めて抽象的に表現すれば「弁護士事務所から押収しなくても裁判所で見られるから、必要ないだろう」ということである。

 そもそも弘中惇一郎氏の事務所では、ゴーン被告が保釈されて海外に逃亡することなど予想もしていなかったであろうし、その案件は犯罪(入管法違反被疑事件)が起きてから、主に犯罪が実行される前の、犯行の関係が薄いと思われる記録を押収されそうになった事案である。

 一方、田久保市長の件は、既に犯罪の嫌疑がかかる行為(有印私文書偽造、同行使)が行われ、最も重要な証拠を押収対象とする事案。捜索・差押えの必要性が極めて高い事案で押収拒絶権が認められるはずがないのは、少し考えれば分かりそうなものである。弁護士の押収拒絶権がそこまで強力なら、たとえば盗撮犯は捜査が迫ったと感じたら、ビデオなどの証拠を弁護士事務所に預ければ立件されない可能性が出てくる。

◾️本当に依頼人のことを思うのなら…

 福島弁護士も依頼人の利益を最優先で考えているのであろうが、ここまでのやり方を見ていると、無理筋のように思われる。潔く市長を辞任し、反省する姿勢を見せて執行猶予を狙うのがベターであろう。

 このままの状況であれば実刑判決が出される可能性もあることを市長に伝え、戦略を根本から練り直した方がいいように思う。

    "偽の卒業証書は押収可能 市長の弁護士”珍説”"に4件のコメントがあります

    1. 匿名 より:

      素晴らしいご考察、どうもありがとうございます!

      こちらの記事が多くの方々の目に留まりますことを願ってやみません。

      PS.

      「◾️東京地裁の判断手法」のブロック

      下から6行目「(参照・伊東市•田久保市長居座り宣言 地方自治の欠陥露呈)、」

      ご貼付いただいたURLが「ゴーンさん」の記事になっております。

      https://test.reiwa-kawaraban.com/media/20191231-02/

      以下の記事が正式なURLでしょうか?

      https://test.reiwa-kawaraban.com/politics/20250801/

      ご不快なご質問となり、誠に申し訳ございません。

      次回も、松田様の記事を楽しみにしております。

      1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

        ご指摘ありがとうございます。ただいま、リンクを修正しました。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません。

        こうした指摘は本当にありがたいです。これからもよろしくお願いいたします。

        1. 匿名 より:

          松田様
           
          ご返信ありがとうございます!

          ご修正いただき深く感謝申し上げます!

          松田様、2025年8月13日の100条委員会はご覧になられましたか?

          当該委員会において、田久保氏は

          「ゼミに参加していない」

          「4年まで進級し、除籍になったのは4年の後半」

          と証言していました。

          私は、他大学の法学部を卒業しております。

          1年から2年への進級は。誰でもできました。

          しかし2年から3年への進級では、そうではありません。

          取得単位が不足していると、3年生に上がれませんでした。

          また3年、4年では、ゼミが必修単位となっておりました。

          つまりゼミを取得していない=3年以降に進級していない

          ことになります。

          となると、(ゼミに参加していない)田久保氏は
          2年から3年に進級できなかったのではないでしょうか?

          つまり、田久保氏の証言「4年生の後半で除籍した」は
          嘘になるのではないかと思うのですが、如何でしょうか?

          「2年生止まりでの除籍」であれば、
          自分が卒業したとは思わないですよね?

          田久保氏の証言「卒業と勘違いした。」

          これも嘘になりますでしょうか?

    2. トニー より:

      100条委員会の職権で裁判所に東洋大学の『成績証明書』の開示請求することは可能でしょうか?
      市長は委員会で4年に進級したと匂わせる発言していますが成績証明書で卒業に必要な単位を取得していたか 留年していたかどうか 卒業の要件を満たしていたかの事実が判明します
      もし留年が判明したら市長の偽証となります

      SNSでの名誉毀損案件でプロバイダーに契約者の情報開示請求し認められる場合があります

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